春の本棚『島とクジラと女をめぐる断片』
2018年 03月 10日
その思いのおかげで原作者アントニオ・タブッキが目指した読者層に
見事にアピールする表題が生まれたことは間違いありません。
読みながら、懐かしい感覚がつねに体の中にありました。
潮風の吹く町で読んだからなおさらだったのかもしれません。
音がとても重要なモチーフとして使われています。
自然がつくりあげる壮大な、あるいは繊細な音。
人の声。
モーツァルトの楽曲etc.
それらが海の湿り気をより濃厚に感じさせます。
哀切な思い、言葉にできない悲しみや諦め。
そういったものが不思議な和音となって行間から滲み出てくるのです。
奇譚のようで、実話のようで。
7篇それぞれの成り立ちについては、最初に著者が説明しています。
しかし、そのボーダーを曖昧にしてしまうような、
独特で一貫した潮流がすべての章を貫いているように感じられました。
長い生命の歴史とつかの間の人間の生。
科学的知識と情緒的余韻。
それらが美しく絡み合って独特の読後感を与えてくれます。
作品と翻訳者の幸せな出会いに感謝しつつ、
よろしかったら。
文庫版のカバーに使われたラルティーグの写真も実によく作品の雰囲気を伝えています。
『島とクジラと女をめぐる断片』→★
by uminokosyoten
| 2018-03-10 07:05
| 本読み便り